私が「今日を大切に」する、 時短家事を伝える原点

■どんな家よりどう暮らすか
その意識が大事と
気づいたバングラデシュでの体験

暮らしに関心を持ったのは30代はじめ。夫の仕事に伴ってバングラデシュの首都で暮らし始めて半年後のこと。

住み手のなかったボロボロの大きな家に住み文句ばかり言って半年が過ぎ、その後意識改革(笑)。どんな家に住むかよりもどう暮らすか、意識が大事と気づきました。

インテリアの改善と同時に、料理、洗濯、掃除がスムーズに回るように改善を進めたのですが、そうはいっても、スーパーもホームセンターもない当時の現地での暮らし。ラクにはいきませんでした。

そんな私の暮らしを支えたのは現地語。ある思いがあって暮らし始めてすぐにベンガル語の猛特訓を受けていたました。

家具の調達も、市場(いちば)で食料を調達できたのもベンガル語のおかげ。

それだけではなくて一緒に働いてくれた「メリー」の存在も大きいものでした。ベンガル語を覚えたことでメリーを「お手伝いさん」ではなくアシスタントに育てることを体験。

家事に精一杯取り組んだこととアシスタントと共に働いた経験が、のちの仕事のベースになるとはおもってもいませんでした。

気持ちを切り替えるとできることがみつかること。制約がある中だからできる経験があること。とことん学んだことはどこかで自分を助けてくれること…バングラデシュでの暮らしは、その後の私の大きな大きな財産となりました。

弾ける笑顔で3年の暮らしを終えて、帰国。

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家事の技術と時間管理
伝える技術を習得した家事コーディネーター時代

帰国後、関西に住み神戸製鋼所関連人材活用企業に就職。20代のペンション住み込み体験、海外ボランティア体験、30代前半のバングラデシュ生活体験を生かして、家事コーディネーターとして勤務。

清掃代行でもなくお手伝いさんでも家政婦業でもない。契約内容にそって家事をする請負業。コーディネーターの仕事は多岐にわたっていました。

利用者さん宅で困っていることの聴き取り。聴き取った内容を確認のため会社の方針で、その場でぶっつけ本番で作業を実施。会社に戻って聴き取り内容の記録を書き、サポートプログラムをたてヘルパーを人選。

ヘルパーには指示内容をマニュアルなど書面で渡すだけでなくお客様の家で初回は必ず一緒に働いて請負内容を実際に伝えました。

自らヘルパーとして現場に入ることも多々ありました。共働きの家庭では5時間の家事。洗濯しながら食器洗い、掃除…。就職して半年ほど現場の日々が続き過労で倒れたものの、かなりの水仕事にもかかわらず、手荒れもせず。さすがに指紋がすり減りましたが。(笑)

そのおかげで様々な家庭に対応する家事、時間使いを体得できました。

仕事で多忙なお客様に代わって引越し後の収納も経験。家事や日常動作に合わせて人にわかるもののしまい場所しまい方を考える経験となりました。

職場の介護チームは看取りにも取り組んでいたので亡くなったあとの遺品整理を担当。遺された家族にわかりやすい暮らし方を動けるうちにする必要性に気づいたのでした。

料理の仕事では同じ日に、三世代同居家族、独居高齢者など違う条件下で調理。

独居90歳の方の食事づくりでは、古くて小さな台所で調味料も道具も限られていて…それでもなんとかリクエストに応えて料理。それがその方の人生で最後の食事に。おいしい料理を作るのではない、おいしく食べていただくのがヘルパーの役目と学んだ貴重な経験となりました。

職場の看護、福祉専門職諸先輩のサポートを受けて独居認知症のケースも担当。家事・散歩など8時間共に過ごす日を幾度となく過ごしどんな病気の人であっても 真っすぐ向き合い関わると多くのことを教えてくれることを知りました。

まだ認知症の病名がない介護保険開始(2000年)前、90年代前半の経験です。

現場で様々なケースを担当するとともにスタッフ用家事マニュアル作成、クレーム対応も担当。

人材募集を兼ねて市民向けの「家事セミナー」を企画したことで講師を経験。ヘルパー採用時説明会の企画。クレーム対応を活かすヘルパー研修プログラム立案、講師も。これらの経験によって伝える技術を習得

一生の仕事に出会えた、と思っ矢先の、1995年1月17日。神戸市長田区(鷹取東地区)の自宅で阪神淡路大震災に遭遇。

自宅をあきらめた瞬間、「これからは気に入ったもので今日を大事に暮らそうと自分に約束。

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「減災収納」の原点
暮らしを楽しみ、震災に備える「減災収納」

 

■「今日を大切に」すると心に決めて
時短家事を伝えるおもいにつなぐ1995年1月17日からの私

退職。39歳で「生活工房do!」を立ち上げ、自治体や企業からの講師依頼を受け、「今日を大切に」する時短家事の基礎となる「ていねいな暮らしのための家事の合理化」を伝え始めました。

私が「今日を大切に」と伝えるのは「1.17」の体験があるからです。でもそれはそれまでの仕事での経験と切り離せないものです。

人にわかりやすい暮らしをしている家庭とそうでない家庭の両方を「現場」で体験。なにが困っているのか言葉で伝えられる人とそうでない人に出逢いました。

高齢で妻に先立たれた男性は自分が食べたいものがわからず、決められない苛立ちでヘルパーにあたっていました。身体は動かせても家事の経験がない。やる意思もない。担当者として苛立つ気持ちを受け止め調整しつつ
男性も若いうちから家事に関わることがその人の暮らしの質(QOL)を高めると思いました。

時短家事と高齢者社会の関係について触れます。近年、国は介護保険を予防重点にシフト。会社勤めを辞めるとき、微力でも高齢社会対応に力をつくさなけば…とのおもいが。(思い込み、笑)。すべての人が自力で生活していかなけれならない時代が来る、との思いがあり、子どもから大人まで老若男女が家事力をつけていく必要があると考えました。

私の伝える時短家事にはどんな時も安心して暮らせるように、女性が家事を一人で抱えないようにという思いがあります。

現在、自分が主宰する「暮らしの困りごと解決講座」、公民館や学校主催の講座、地域包括支援センターでの講座などで独立当時のおもいをとてもとても小さいながらも実践中。